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青写真

雨が好きだと言った。雨が好きそうだと言われた。太陽が苦手な振りをしているんだ。得意でないのは光そのものであって、実際、まともに目を開けて歩くこともできないから、夏の晴れた日にはサングラスをかけるわり、絶望的なほど青い空も、人の腕に白んで見える産毛の柔らかさも、あるいは襟の中に垂れていく汗の輝きも、晴れた日にのみ象徴される平和だから、嫌いじゃない、きれい、と思いながら影に身を隠す心地よさに対し、雨はわたしに傘を差すことを強要するから、嫌い。差さなければいいって、嫌ね。濡れるよ。

反射するアスファルトを踏みしめる。熱湯を注いだグラスが儚く割れてしまうのと同じ原理で、冷気を吸い込む肺はいびつに軋み、過呼吸みたいな息苦しさを再発させる。図々しいほどの虚しさは病的な、あくまで「的」な、気を呼び起こす。引きずり回して脈を測ってやりたいと思いつつ、「生きてる?」と聞けば返ってくるだろう「生きてるよ」という返事の前にわたしはいつも確信しているから。あなたたちの長引く生。

羽毛のような憂鬱にくるまって音楽を垂れ流しながら天井を見ていたころにはおそれるものなど他人以外にはなにもなかった。隣にあるのは空白だった。自動的に縮小されゆく未来がすぐそこに寝そべっているということになど気づきもしなかった。歳を重ねるほど臆病になる。一度でも大金を手にしたら貧乏は悪夢だ。残念ながらわたしは未だに小銭を握って町を歩いているけれど少しだけいい夢は見た。見てしまったよ。わりかし建設的なことを続けながら黙って唾を呑む日常の枠組みは道徳でも倫理でもなかったのだろう。

君が好きだと言う。あなたが好きだと言われる。例えばそうやってわたしのことが好きな振りをしているのならずっとそれを続けて欲しい。わたしのことが本当に好きならたぶん頭がおかしいからなるべく見守ってあげたいと思う。きっと未来は悪くない。そう信じて生きてみるのも悪くない。何度だって。いつだって。